JUGEMテーマ:国内小旅行




兵庫県のご招待で、兵庫の旅を楽しませて頂きました。

私のテーマは「城たび・歴たび・グルメたび」

兵庫県にはお城がいっぱい歴史はたっぷりグルメもどっさりありました!





兵庫・ブロガー100人戦国トリップ 目次

 
有岡城跡〜伊丹市 
清酒発祥の地〜伊丹市
尼崎城跡〜尼崎市
神戸の夜景〜神戸市
神戸牛を食べる〜神戸市
ホテルパールシティで宿泊〜神戸市
播磨国総社〜姫路市
姫路城・天空の白鷺〜姫路市 
姫路城・西の丸〜姫路市
好古園・官兵衛弁当〜姫路市
千姫ゆかりの地〜姫路市
姫路文学館・歴史博物館〜姫路市
英賀城跡〜姫路市
灘菊酒造・姫路おでん〜姫路市


 







 

JUGEMテーマ:国内小旅行



お城と歴史、そしてグルメをテーマに兵庫県を旅しました。





山陽電鉄手柄駅でSさんと合流し「灘菊酒造」へ向かいました。

駅から歩いて10分。昔懐かしい木造の酒蔵が見えてきました。





この灘菊酒造の敷地は、黒田官兵衛の筆頭家老・栗山善助の屋敷跡です。



でもそれより、やっぱり日本酒が好きだから来たのです(笑)



順路に沿って、酒蔵を見学しました。



現在これらの蔵では酒造はされてなくて、昔の酒造り道具の展示室となっています。

また食事会場・会議室・ギャラリーなどとしても使われているそうです。

















そして、試飲もしました(^^♪

「秋の大吟醸」




「播州山田流」



そして「ひやおろし」




う〜ん。いろいろ悩みましたが、やっぱり私が好きなお味は「播州山田流」

お土産一本買いました。¥1200





そして山陽電鉄で姫路に戻り、この旅行最後のお食事に向かいました。



姫路と言えば、しょうが醤油で食べる「姫路おでん」



その姫路おでんが食べられる灘菊酒造直営のお店「灘菊かっぱ亭」に来ました。



店内には、徳利がずら〜り



隅には杉玉が・・



注文したのは「大串黒おでん」¥500と本醸造「なだぎく」


しょうが醤油で食べるおでんは初めてですが、いや美味しい〜

おでん自体にも薄味で煮含ませているようですが、それにしょうが醤油があっさりとしてよく合う。

これを真似て、我が家の味にしましょう(笑)




おかわりです〜




お腹もいっぱいになって、いよいよ帰る時間となりました。



この二日間、早朝から深夜まで駆けまわり、兵庫の旅を目一杯旅を楽しみました。

地域の人の案内や親切を受け、お陰様で予定通り完了できました。

ありがとうございました。




そしてこのブログを読んで下さった皆様、ありがとうございました。



最後に、姫路駅前でかったお土産は、伊勢屋本店の銘菓「玉椿」と福壽堂本店の「千姫さまの姫ぽてと


「玉椿」はサークル仲間に、「姫ポテト」は孫たちに、とっても喜んでもらいました。



兵庫県と滋賀県はとても交通の便がいいので、またこれから何度も訪れたいと思います。



          兵庫ブロガー旅   





 

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お城と歴史、そしてグルメをテーマに兵庫県を旅しました。





JR姫路駅からひと駅、JR英賀保駅に到着しました。


ここには昔、播磨三大名城のひとつである英賀城がありました。

英賀城は室町時代に赤松氏によって築かれたものですが、三木氏が城主になった時代に大規模な城郭へと改修され,西は夢前川、東は水尾川、南は播磨灘の自然の地形を活かした堅固で壮大な水城でした。

港の岸に繋がれた巨岩という意味をもつ「英賀岩繋城(あがいわつぎじょう)」とも呼ばれたそうです。



JR英賀保駅


まずはゆかりの「英賀神社」に向かって歩きます。


前もって地図をチェックしていたので、駅前から放射線状に3本伸びている真ん中の道を行けばいいと思っていたのですが・・

あれ?4本ある。
ひとつ間違っても全然違う方向へ行ってしまいます。


駅前で信号待ちをしていた女性に英賀神社に行く道を尋ねたところ、同じ方向の英賀保小学校方面に行くので、途中まで一緒に行きましょうと誘われました。

聞けばこの女性、妻鹿城近くの出身ですって。一緒に歩きながらしばし黒田官兵衛談義に花が咲きました。




英賀神社は右手前方あたりにあるので、ここでお別れです。

でもこの女性は、親切にも回りの人に声をかけて、さらに英賀神社まで行く人を探してくれたのです。






バトンタッチして神社まで案内してくれたのがこの女性です。

郷里の話、姫路の住みやすさなど世間話をしながら歩いたのですが、中でも英賀神社の秋祭りの話になると、毎年盛大に行われる様子を詳しく話してくださり、とても楽しみにされている様子が伺えました。


写真を撮らせて下さいとお願いしたら、(∀`*)ゞイヤァ~と照れながら退散・・・(笑)




英賀神社は、英賀城主となった三木通近により領内の総氏神として崇められ、社殿も整備拡張されたというゆかりの神社です。



境内には英賀城の土塁跡が残っているそうですが、入口に見取図があったので、すぐに場所が分かりました。



神門



拝殿




拝殿の中には、たくさんの絵馬が掲げられていました。



そして奥に、英賀城の土塁跡がありました。






英賀神社を通りぬけ、北側にある城址公園に行くと、天守台を模した石垣がありました。



そのすぐ横には「英賀城 野中口之跡」の石標がありました。ここにお城の出入口があったのですね。



英賀神社裏の土塁に沿って歩くと「英賀城 岡芝口之跡」の石標もありました。



広大な英賀城の跡地には随所に虎口跡の石標があるそうですが、その内いくつ見つけられるか楽しみにしながら、「英賀城本丸之跡」の石碑を目指し歩きました。



英賀五差路の信号まで来たら、「英賀城 河下口之跡」「英賀城 大木之濠跡」の2つの石標を見つけました。

英賀城北部の濠を「大木之濠」といったそうです。





英賀五差路の信号から真っ直ぐ南東方面に歩き、英賀東の信号から左折して西飾磨駅方向へ向かって100m。

前もって地図で下調べをしていたので、迷うこと無く「英賀城本丸之跡」の石碑に到着できました。




近くには中浜公民館もあり、それも目印になります。



そして次に目指すのは、黒田官兵衛が、毛利軍5000に対し500の兵で打ち破ったという「英賀合戦」のゆかりの地です。

毛利軍は、英賀城下にあった田井ケ浜の港に上陸したそうで、現在その場所に「英賀城の港跡」石碑が建立されています。


山陽電鉄の高架があるこの辺り一帯は埋め立てられて住宅地や田園になっていますが、当時は播磨灘がせまり、浜辺や港があったのでしょう。




高架沿いに「英賀城の港跡」の石碑を探しながら歩きました。でも、見つかりません・・



そんな時には、地元の人に聞くのが一番!・・・と思ったのですが、皆さん???首を傾げるばかり・・



そんな中で「その石碑は知らないけれど、この辺りには英賀城ゆかりの石標がたくさんあるのでそれを案内しましょう

と言って下さった女性がおられました。


ひゃ〜ラッキ−!!




その女性の案内で、まず行ったのが「英賀薬師」。

英賀城が落城した100年後に、三木氏の子孫によって中興造営された「法寿寺」跡です。




その後方に、英賀城主・三木家一族の墓所がありました。

後から知ったのですが、この墓所の後ろに、英賀城の土塁が残っているそうです。

英賀城の土塁で残っているのは、先ほど見た英賀神社境内とこの英賀薬師の2ヶ所だけです。




薬師堂の横には「英賀城 井ノ上口之跡」もありました。

英賀城十城門跡のひとつだそうです。立派な城門が建っていたのでしょうね。





この水路は堀跡で、民家の石垣はお城の石垣のなごりではないかとされているそうです。



確かに水路に沿って、何軒にもわたって同じような石垣が続いています。




英賀城 芝の口之跡




そして最後は「英賀城 広辻口之跡」の石標。資料によると、この辺りには二の丸があったようです。


これだけの史蹟は、とてもじゃないけどひとりでは探しだせません。

地元の方の案内があったので、予定よりずっとたくさんの史蹟を見ることができました。

そしてその女性は、西飾磨駅の前に案内板があるので、英賀城の港跡の石碑について書いているかもしれませんねと、アドバイスを下さいました。




そこでアドバイスに従って駅まで行くと・・・案内板がありました!



㉙の英賀神社から㉕の五差路に出て韻遼楷歿契の石碑を見て、今、西飾磨駅前にいます。

高架に沿った所と言えば・・もしかして㉔の巽地蔵?




もういちど引き返して歩きました。

先ほど歩いた道よりさらに西に進むと・・
ありました「巽地蔵」



そして「英賀城の港跡」の石碑も!


石碑より一部を引用すると


英賀港は古代からの港で寛和2年(986)花山法皇が書写山円教寺に御幸し、帰りは当港から国史の船で出港なされた。

室町期は、英賀城下の市場町で1580年英賀落城まで三木氏一族と英賀衆が活躍した交易の港町として繁栄した。

天正4年(1576)この地は毛利水軍5千人の上陸地。祖先が英賀出身の司馬遼太郎作「播磨灘物語・英賀の浦」で毛利水軍と御着城黒田官兵衛軍の「町の坪合戦」が名文で語られている




昔この辺りは田井ケ浜と呼ばれていたそうです。


秀吉が播磨入りしたのが天正5年(1577)なので、その前に官兵衛は毛利氏を相手に田井ケ浜で戦っていたのですね



そして引き返し、再び西飾磨の駅に着いた時間は16時30分。2時間弱でこれだけの史蹟を回ったのです。


英賀では、多くの人の親切に助けられ、予定以上の成果を上げることが出来ました。

旅先での親切は、本当に嬉しいものです。ありがとうございました。




でもまだもうひとつ、日没後でも見学できる「灘菊酒造」の予定があります(笑)

友人Sさんと再び合流するため、山陽電鉄「手柄駅」に向かいました。












 

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千姫天満宮を後にして、姫路文学館へ来ました。


姫路文学館は姫路城の北西に位置し、北館・南館・望景亭などの建物からなります。

建物は、建築家・安藤忠雄氏が設計したものです。


左手前方が南館・右手後方が北館




南館には「司馬遼太郎記念室」があります。

司馬遼太郎の「播磨灘物語」では、司馬の先祖は官兵衛に敵対した英賀の門徒であったと書かれています。

この記念室では、そんな司馬遼太郎と播磨の関わりを資料などで展示していました。




望景亭で「官兵衛と戦国の城」をテーマにした写真展があるそうなので、そちらに向かいました。



官兵衛の幟



「望景亭」は、姫路文学館の一番奥の高台にあります。

姫路の実業家・濱本八治郎氏の別邸として大正期に建てられたもので、現在は文学館の付属施設として保存されています。




わっ!すごい玄関。勝手に入っていいのかしら?



応接間で写真が展示されているそうですが・・



ありました。ここですね。

官兵衛ゆかりのお城の写真がたくさん展示されていました。これはすごいわ〜行ってみたい所ばかり。





そして次は、歴史博物館へ向かいました。

でも道を間違え、遠回り・・・やっぱり私は方向音痴です(^^ゞ


博物館はお城の北側にあるので、堀に添って行けばよかったのですね。





そしてやっと到着(^^ゞ  

兵庫県立歴史博物館は、姫路城をイメージした外観で、建築家・丹下健三氏により基本設計されたそうです。



ここにも官兵衛の幟。



1階ロビーには、縮尺1/15の姫路城天守模型がありました。



館内では、開館30周年を記念した特別展「名城ふたたび ようこそ姫路城」が開催されていました。

なかなか見応えのある展示でした。



好古園から千姫ゆかりの地、そして文学館や博物館など、広範囲にわたる観光ポイントを効率的に移動できたのはレンタサイクルのお陰でした。

新しくて快適な自転車を無料でお借りできて、本当に感謝しています。



大手門駐車場に自転車を返却し、これから姫路駅へ向かいます。



あっ!ちょうど姫路ループバスが来ました。レトロなボンネット型バス。これに乗ってみたかったのです(笑)

姫路駅まで100円也・・安い〜


 時間は午後2時半。

あと観光したい所が2ヶ所あるのですが(欲張りですね)とても時間が足りません。

なのでここから2人は東西に別れ、Sさんは東の「御着」へ、私は西の「英賀保」へ行きます。



上り下りの電車に分かれて乗り、それぞれの目的地に向かいました。









 

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姫路城の西側に、中濠と船場川に挟まれた遊歩道「千姫の小径」があります。



道には緑の木や桜の木がたくさん植えられています。春には桜並木になるのでしょうね。



中濠の向こうには西の丸の石垣が見えます。



レンタサイクルで軽やかに千姫の小径を通り抜けると、終点には千姫と忠刻の歌碑がありました。




ここから、千姫ゆかりの神社がある男山へ向かいます。


男山の麓にある水尾神社。




水尾神社の後方の階段を上ると千姫天満宮があります。




千姫天満宮は、千姫が本田家の繁栄を願って建立したものです。




さらに、千姫天満宮の境内から続く階段を上がると・・




階段の途中には、ユーモラスな大黒様がいました。




男山の中腹に男山八幡宮があります。

貞和元年(1345)に赤松貞範が姫路城を築いた時、城の鎮守社として創祀したと伝わります。



拝殿



男山八幡宮の境内から、現在修理中の姫路城が見えます。

その下方にある西の丸から、千姫は朝夕、男山八幡宮と千姫天満宮を遙拝していたのですね





さらに上に上ると男山配水池公園があり、公園から眺める姫路城は姫路城十景のひとつに数えられる絶景だそうです。

でもそれはパスして、次は姫路文学館へと向かいました。

文学館はここからは眼と鼻の先です。






 

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姫路城の西には、姫路市政百周年を記念して平成4年に開園した「好古園」があります。


園内には、昭和60年以来の発掘調査で確認された西御屋敷跡や武家屋敷跡、通路跡などの遺構を整備した九つの趣の異なった日本庭園があります。



でもその前にランチタイム(笑)


本日のお昼ごはんは、好古園の中にある「活水軒」を予約してあります。




庭園を眺めながら、贅沢な気分でランチが頂けます。



予約したのは歴史めし「官兵衛弁当」¥1500 一日限定20食。

やっぱり和食はいいですね。

ハードスケジュールの中で、心和むひとときでした。




そして食後に出されたのが「目薬の木」のお茶エッ?目薬・・??

これが意外にも美味しい・・ハーブティのような深い味わい。


目薬というのは、目にさすものと思っていましたが、煎じて飲むという方法もあるのですね。


黒田官兵衛の祖父は、室町末期に目薬の木で目薬をつくり財をなしたと「播磨灘物語(司馬遼太郎)」に書かれているそうです。



さて食後は庭園を散策・・



少し紅葉がみられます。



好古園では、よく映画やテレビのロケが行われるそうです。



この渡り廊下では「大岡越前」が収録されました。

他にも時代劇ではおなじみの「水戸黄門」「暴れん坊将軍」なども好古園内で収録されたそうです。

そうそう最近話題になった「るろうに剣心」も・・・見たかったな〜(笑)




「お屋敷の庭」は、姫路藩主の下屋敷があった場所に造られた池泉回遊式庭園です。



榊原氏姫路藩3代目の藩主・榊原政岑は、ここに新吉原から高尾太夫を落籍して住まわせ、将軍吉宗の怒りをかったとか。



しかし懲罰的に越前高田に転封させられると、さすがにこたえたのか以後は率先して倹約に励み、善政をしいたそうです。



ところで、この「御屋敷の庭」以外にあと8つの庭があるのですが・・ヤバイ・・ちょっと時間が足りません。

残念ですがここからUターンして戻りましょう。


またいつか姫路に来ることがあれば、じっくり時間をとって見学したいと思います。




再びレンタサイクルに乗り、千姫ゆかりの地へと急ぎました。










 

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姫路城の案内の方に従って、次は千姫ゆかりの西の丸に向かいました。




西の丸は、池田氏に代わり城主となった本多忠刻と徳川家康の孫・千姫の居館として、千姫の化粧料10万石で元和4年(1618)に造営されたと伝わります。




石垣の上には多くの櫓が立ち並び、これら櫓群は重要文化財に指定されています。

・・・ってことは、姫路城は国宝だけれど、この西の丸は重要文化財なのです





「ワの櫓」が入口となっています。



櫓の中には百間廊下と呼ばれる長い廊下が続いています。



窓の外には堀。



城内側には、小さな部屋に区分された長局が続いています。



千姫には23人の局や侍女、16人の下女がいたという記録があるそうですが、これらの部屋に住んでいたのでしょうね



長局の外側には、通路が設けられています。

これを「犬走り」又は「武者走り」というそうです。




千姫はわずか7歳で、豊臣秀吉の嫡男・秀頼と結婚しました。

しかし、それは祖父・徳川家康の政略に従った結婚で、形だけの夫婦でした。



大阪城が落城し、千姫が江戸に帰る途中、桑名で本多忠刻を見初めたという逸話が残っています。

忠刻は、桑名藩・本田忠政の嫡男で、誰もが振り返るほど眉目秀麗であったそうです。



翌年2人は結婚しましたが、恋愛結婚がタブー視される時代の事。ちまたで千姫は悪女のように噂されました。



しかし現在、千姫は恋愛成就のパワースポットとなっています(笑)



波乱の人生を歩んだ千姫にとって、姫路城で暮らした10年は、もっとも幸せな時であったことでしょう。

それにあやかって、皆さん幸せをつかんで欲しいですね(笑)




窓から見える男山八幡宮



アップにすると・・なるほど社殿が見えます(笑)



千姫が男山八幡宮に奉納したと伝わる羽子板(複製)




そして、西の丸の見学コース最後の「化粧櫓」です。

千姫が男山八幡宮を遙拝する際の休憩所であったとか、忠刻と仲睦まじく暮らしたなど、千姫にゆかりのある逸話が残ります。



実際、昭和の解体修理で化粧櫓だけは装飾的で居住性のある内装だったことが分かったそうです。



千姫と長女・勝姫  千姫は忠刻との間に一男一女をもうけましたが、男の子は早世しました。



そして化粧櫓が出口となっています。


千姫の生涯に思いを馳せながら、たいへん興味深く見せて頂きました。


土塀の鉄砲狭間



かかしの足軽さん・・リアル!(笑)



そして最後に見たのが「天守の庭

築城以来使われていた礎石が昭和の大修理で不要になったため、それを配置して天守の平面形を再現したものです。








実は私、姫路城に来たのはこれが3度めなのですが、今までは何を見てたんだ?というくらい何も覚えていません。

今回案内をして頂いて、聞くことすべて目新しく、大変面白く耳を傾けました。

特に石垣の話は興味ひかれました。


案内をして頂いたTさんの後ろ姿(笑)・・・ありがとうございましたm(__)m




姫路城下には千姫ゆかりの地もあるので、午後にはレンタサイクルで回ってみたいと思います。






 







 

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レンタサイクルに乗り10時少し前に姫路城に到着。
 


姫路城といえば、言うまでもなく「世界文化遺産」そして「国宝」です。

そのかけがえのない遺産を次世代に引き継ぐため、現在、本格的な保存修理工事が行われています。

すっぽりとシート覆われた大天守は、工事中でも「天空の白鷺」として特別公開されています。(平成26年1月15日まで)





青空の下に、「天空の白鷺」がくっきりとそびえています。




嬉しいことに、兵庫・旅ブロガーは姫路城の案内を頼めるという特典がありました。

事前に依頼してあったので、約束の10時に案内担当の方と出会いました。




そして案内の方に連れられ、まずは「菱の門」へ

姫路城の一番最初の門というだけあって、白漆喰が美しい優雅で豪華な門です。



現在の姫路城は関ヶ原の合戦の後に池田輝政が築いたものですが、その歴史をさかのぼると、ここに黒田官兵衛の祖父・重隆と父・職隆築いた小さな城があり、官兵衛はその城で生まれたと「黒田系譜」は伝えています。


そして天正8年(1580)官兵衛は、姫路城は中国攻めの拠点にふさわしいとして羽柴秀吉に明け渡し、秀吉はここに三重の天守を持つ城を築き、天下取りの足がかりとしました。




姫路城内には、秀吉の時代の石垣も多く残っています。

三国濠北辺のV字型石積みは、秀吉時代の空堀の痕跡だそうです。



りの一渡櫓にもその痕跡が見られます。

稜線より左手が池田輝政の時代、右手が秀吉の時代。時代によって石垣の積み方が違いますね。




その横にある「るの門」。石垣に穴をこしらえた「穴門」で、正規の通路からはずれた抜け道になっています。



「るの門」をくぐると、そこには優美な曲線を持つ備前丸の石垣「扇の勾配」がありました。



その横には「鏡石」が集中して積まれています。

まるで人面のよう・・(笑)。ハートの形をした石もあります。





「ぬの門」をくぐり抜けるた「りの一渡櫓」では、大天守の保存修理に伴う出土品・古瓦・甲冑などが展示されていました。

江戸時代、明治時代、昭和時代の鯱




そして二の丸に進むと、ご存知!「お菊井戸」

毎夜この井戸から、皿を数えるお菊の声が聞こえたといいます。いちまぁい・・・・にまぁい・・(笑)




備前丸から見上げる「天空の白鷺」。13階建てのビルの高さに相当するそうです。

壁面にはメッシュシートが取り付けられ、実物大の姫路城大天守の絵が描かれています。




エレベーターでいきなり8階に上がり、屋根の修理を見学しました。

わっ!すごい。間近に見る姫路城大天守の屋根のど迫力に圧倒されます(笑)

屋根瓦の黒と、漆喰の白が、まるでデザイン画のように几帳面で美しいリズムを繰り返しています。








8階から見る姫路城下。お殿様になった気分。




8階ホールには、揚羽の紋様が逆になっている瓦や、立体的に掘られている鬼瓦など、ちょっと変わった古瓦も展示されていました。




そして7階に降り、壁の修理を見学しました。

今回の修理で、築城時の計画では両端左右にも窓があったことが発見されたそうです。大発見ですね。


また7階ホールには、保存修理のプロセスや作業について、詳しい図解や写真を用いての解説もありました。



そして「天空の白鷺」を出て、「乾小天守」「西小天守」を見ながら歩きました。



「水の三門」をくぐり、「水の二門」に来ました。この先「水の一門」と続きます。



なぜ「水」なのかと思ったら、近くの「ロの渡櫓」に井戸があるのです。

天守に近い貴重な水源です。




その向こうには塩・米などを貯蔵する櫓群があります。

急斜面上の石垣に添って建っているので、土台と同じ弧を描いた形になっています。




石垣をよく見ると、転用石(石仏や石棺など)や刻印がたくさん見られます。



転用石として有名な「姥が石」がありました。

秀吉が姫路城を築く時に石集めに苦労していたら、それを聞いた貧しいお婆さんが寄付したという石臼


現在も平成の「姥が石」愛城募金と題して、募金活動が行われています。



「にの門」あたりの石垣は、秀吉の時代のものと考えられています。



乾曲輪から「にの門」を見ると、唐破風屋根に乗っている鬼瓦に十字紋があります。



キリシタンの名残か魔除けかと言われているそうですが、黒田官兵衛も関係しているのかも知れませんね。




そして「はの門」をくぐって、西の丸へ向かいました。












 

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定刻どおり、ホテルのシャトルバスは7時半に出発しました。

ポートアイランドからJR三ノ宮まで、まさか10分では行けないと思って8時台の電車に乗る予定をしていたのですが・・まさかの10分で到着してしまいました(+o+)


ホームに停まっていた7時41分発の電車に飛び乗りました(*_*;



姫路駅で見かけた「官兵衛くん



姫路に着いたのが8時23分。予定より30分余りも早い到着!

少しでもたくさん観光ができると喜び勇んだのですが・・

よく考えたら駅前のレンタサイクルを借りられるのは9時から・・


仕方なく姫路城の近くまでバスに乗り、お城の周辺でレンタサイクルを借りることにしました。

「早起きは三文の得」というけれど、「早起きはバス代の損」になりました(笑)



姫路城の入館も9時からなので、その前に「播磨国総社」へ。



播磨国総社 神門


播磨国総社は、姫路城鎮護の神社として歴代の守護職・姫路城主の崇敬を受けてきた大社です。

正式名称を「射楯兵主神社(いたてひょうずじんや)」といい、射楯大神(いたてのおおかみ)と兵主大神(ひょうずのおおかみ)が祀られています。




黒田氏の信仰も篤く、官兵衛の父・職隆が拝殿や神門を再建、官兵衛も制札を与えるなど、その保護に務めました。



この奥には数多くの摂社があり、これが「総社」と呼ばれるゆえんです。



射楯兵主神社の神使「ミミズク」



手水舎




そして八重垣門をくぐって表通りの方に出たら・・・まあ、立派な「総社御門


元は姫路城の城郭門だったそうですが、最近になって神社建築の様式で再建されたそうです。

幅26m、高さ16m。これは国内最大級の楼門です。




さて9時過ぎになったので、そろそろ自転車を借りて・・と探したのですが、その場所が分からない・・(T_T)

大手門駐車場ってどこよ?




やっと駐車場が見つかっても、広い駐車場のどこにレンタサイクルがあるのやら・

結局、大手門駐車場の出入口ゲート横の事務所でレンタサイクルを申し込むことができ、やっと自転車をゲットしました。



これ、無料でレンタルできるのですよ。嬉し〜。無料大好き〜(笑)




レンタサイクルを探すのに30分くらいかかったので、結局予定通りの時間になりました。(^^ゞ、

10時から姫路城の案内をお願いしているので、大急ぎでお城に向かいました。




お堀をゆったりと進む和船。


のどかです〜











 

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城と歴史、そしてグルメをテーマに兵庫県を旅しました。


 


満腹のお腹をかかえ、三ノ宮からシャトルバスに乗ってホテルに到着しました。

チェックインを済ませたら10時。もう写真を撮る意欲も気力もなくて、早々に寝ていましました。


そして翌朝、6時半より活動開始です\(^o^)/




私達が泊まった「ホテルパールシティ神戸」はポートアイランドにあります。

辺りには緑が多く、静かな環境です。




豪華なシティホテルです。



フロントとロビー。早朝なので静か・・





3階に大浴場やキッズルームなどがあるそうなので、上がってみました。



ここが大浴場。1200屬旅さをもつ大型スパです。

営業時間は18:00〜24:00なので、今は閉まっていて入れません。




自動販売機のコーナー。たくさん自販機があったので、どんなご要望にも答えられそうです(笑)



キッズプレイルーム。へえーっ、ホテルにはこんな設備もあるのですね。これならお子様連れでも安心。



ライブラリーラウンジ」これまた驚き。旅先で読書・・そんな贅沢な時間を持ちたい!



書籍の反対側には、インターネットアクセスコーナーもあります。

PCは各自で持参するようですね。




そして私が泊まった部屋。清潔で、快適で、とても静かでした。




朝7時から朝食なので、1階のダイニングレストランに行きました。


吹き抜けの空間に、朝の光が差し込む明るいレストランです。




品数豊富なバイキング料理が並んでいます。



私が選んだ料理はこれ。


そばめし」は焼きソバとご飯をソースで炒めたもの、

ぼっかけ」は牛すじ肉とこんにゃくを甘辛く煮付けたもの、

いずれも神戸名物だそうです。


そして「明石焼き」。大きなタコが入っていました。神戸で明石焼きが食べられるとは・・しあわせ〜




しっかり朝食をとり、今日はこれから姫路に向かいます。


大急ぎで7時半のシャトルバスに乗り込みました。早っ!!








 


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