JUGEMテーマ:国内小旅行

 

 

高知を代表する景勝地といえば坂本龍馬の銅像がある「桂浜」ですが、浜辺に下りずに背後の山手の方に進むとこれもまた有名な「坂本龍馬記念館」があります。

 

その入口にあるの像は「シェイクハンド龍馬」

龍馬と握手ができます(笑)

もちろん、しっかり握手してきましたよ(*^▽^*)

 

 

 

 

 

 

 

その横にあるのは国民宿舎「桂浜荘」

 

20余年前、オープンしてまだ間もない坂本龍馬記念館を見学し桂浜荘に宿泊したのですが、その当時、ここが浦戸城の本城があった場所とはつゆ知らず、ましてや長宗我部元親の名前すら知らない頃でした。

 

 

今回再びここを訪れた目的は・・

 

その向かい側に残る浦戸城の遺構「天守跡」を見るためです。

 

 

 

発掘された石を積み直した石垣

 

浦戸城は、桂浜の背後にある浦戸山に築かれた中世の平山城です。

山と言っても標高59mの小高い丘のような所で、現在ではほとんど上まで車で行けます。

(無料駐車場もあります)

 

この山には古くから城砦があったとされていますが、天正19年(1591)長宗我部元親により本丸・二の丸・三の丸・出丸・天守などで構成される大規模な近代的城郭に改修されました。

以後、元親の跡を継いだ長宗我部盛親が関ヶ原の合戦で敗れて改易となるまでの約10年間、長宗我部氏の居城となりました。

 

またその後土佐に入国した山内一豊も当初浦戸城に入りましたが、のち高知城を築城して居を移したため、浦戸城は廃城となりました。

 

現在、城址のほとんどが龍馬記念館や国民宿舎の建築により失われていますが、天守跡だけは保存されています。

 

頂上には(・・と言っても、少し歩いただけですが)「大山祇神社」が祭られていました。

 

 

元親が築いた天守は三層だったそうです。

 

 

 

 

国民宿舎「桂浜荘」には、平成5年の改修工事で発掘された石垣が保存されています。

 

玄関横には、案内表示があります。

 

 

案内に沿って奥に進むと、その石垣がありました。

 

 

北側には浦戸湾が広がります。

当時は、この岸に沿って城下町が置かれたそうです。

 

そして南側には、景勝地「桂浜」が広がります。

が・・ここからは見えません。

 

三層の天守からはきっと桂浜も浦戸湾も見渡せた事でしょうね。

 

 

 

次は桂浜へ向かって歩きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 2017.11.21 Tuesday
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Comment
桂浜は、いったのに、握手しなかったわ〜

前からあるんですか?!
  • シネマ大好き娘
  • 2016/07/12 03:34
めりいさんは浦戸城良く見て撮影されていますね!
小生は乗り合いバスで五台山・竹林寺を見てから又バスで桂浜駐車場に行き、そこから徒歩での見を始めました。浦戸城のこと十分調べきれず出かけてしまったのです。
めりいさんの記事で良く解りました。ありがとうございました。
シネマさん。
20数年前に坂本龍馬記念館に行った時は、今より規模は小さくて、シェイクハンド龍馬もありませんでした。
シネマさんが行かれた時も、なかったかもね。
  • めりい
  • 2016/07/12 08:55
四方さん。

>五台山・竹林寺
これは、私は知らずにスルーしているので、四方さんの記事を楽しみに待つことにします。

同じ場所に同じ頃に行くと、お互いの個性が出て、ブログに書く記事も興味深く見られますね。

  • めりい
  • 2016/07/12 09:03
元親の最後の、そして家臣が命をかけて守ろうとした浦戸城、めりいさんの解説があってこそですが、いまではこれだけ(石垣の一部が発掘されたんですか)しか残っていない。何か勿体ないというか元親さんがかわいそうな気がします。

もっともそれは土佐の幕末、明治と近江では起こりえなかった大事件が相次いでいくことにもよる(近代から現代がなお大きい)のでしょうが、せめてその石垣が当時を偲ぶ史跡として大事にされていけばと思う次第です。
  • Kenny
  • 2016/07/12 15:18
kennyさん。

そうなんです!おっしゃる通りなのです。
浦戸城址という歴史遺産を十分に発掘しないままに大型施設が建設されてしまったのです。

高知といえば、龍馬を始めとする幕末の志士、そして山内一豊などの名前で観光客を呼びましたが、長宗我部氏は残念ながら知名度が低かった・・・

でもこれからは人気が出ると思いますよ。
今ある史跡だけでも、大切に保存してほしいですね。
  • めりい
  • 2016/07/12 19:49
シェイクハンド龍馬、像は勿論のこと、これを考えた人はおもしろいですね!
個人的には笑顔だともっと嬉しいんですが、それだと現存している写真の顔と別人になってしまうから無しになったのでしょうか(^^A)

下から3つ目のお写真、一瞬石垣の中に現代の建物が造られたのかと勘違いしてしまいました(爆)

石垣が残っているだけでも貴重ですね!


先日大河ドラマの講演会に出かけてきたのですが、元NHKの方が、今までの大河で最も経済効果があったのは「龍馬伝」と言っていました。

元々の観光地に加え、大河ファンが押し寄せた結果、宿泊、飲食、大河ドラマ館の入場者数が多かったそうです。
  • しずか
  • 2016/07/13 21:06
坂本龍馬記念館って10年前はなかったですわ。
えらい代わりましたね。
お城のあとでしたか、私も知りませんでした。
  • そば打ちおじさん
  • 2016/07/14 00:34
一乃さん。

シェイクハンド龍馬さん。
確かにまじめなお顔ですね。
福山雅治さんがニッコリ笑ったような、そんなお顔に整形して欲しいです(笑)

>石垣の中に現代の建物が造られたのかと
確かに・・(笑)
国民宿舎も、その場所が浦戸城跡であることを意識して、一部分だけでも石垣風の外装にしたのでしょうね。


それを私が、いきなり建物の一部分だけアップしたので、結果、説明不足になりました。

もう一枚写真を入れてみました。
これで少しは分かりやすいかも。
  • めりい
  • 2016/07/14 13:53
しずかさん。

大河ドラマの講演会にお出かけされたのですね。
熱心ですね〜

一番経済効果があったのが「龍馬伝」・・
あら、「義経」は負けましたか( 一一)

龍馬と言えば土佐。
このイメージが強いので、高知県に集中して経済効果があったのでしょうね。

  • めりい
  • 2016/07/14 14:00
そば打ちおじさん。

坂本龍馬記念館の創立は1991年です。
なので25年前から、この場所にあります。

まだ娘が小学生だったので、開館してまもない頃に私たちは行ったようです。

近頃、10年20年があっという間に過ぎてしまいますね。
これから先の20年も、あっという間に過ぎるのでしょうね。
焦っても仕方ないけど焦ります・・(笑)

  • めりい
  • 2016/07/14 14:08





   

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