JUGEMテーマ:京都

 

 

現在(平成29年1月〜3月)、第51回「京の冬の旅」が開催中です。

 

普段非公開の文化財が特別公開されているのですが、その中のひとつ「高台寺」へ行って来ました。

(高台寺は他より一足早く、平成28年12月1日から開催されています)

 

 

 

 

 

 

高台寺と言えば、豊臣秀吉の妻・ねねが開創した寺で、(私の記憶によると)今から30年ほど前から公開されるようになり、今では大勢の観光客で賑わう京都の一大観光スポットとなりました。

 

 

秀吉の歿後、ねねが出家して「高台院湖月尼」となり、その名から「高台寺」となったそうです。

京都のお寺観光には、着物姿が似合いますね。

念のため・・私の姉妹ではありません(^^♪

 

 

 

まずは書院から入って方丈へ。

 

方丈前庭

 

 

 

 

方丈を出て、観月台を見ながら開山堂へと向かいます。

 

楼船廊(屋根付き廊下のようなもの)の中央に位置するのが「観月台」

ここから月を眺めたのでしょうね。

 

そして開山堂

高台寺は度々の火災にあって多くの堂宇を失っていますが、この開山堂・観月台、そしてこれから向かう霊屋は当時から残るものです。(いずれも国の重要文化財)

 

 

開山堂から霊屋に向かって架けられている「臥龍廊」

 

 

今まで何度か高台寺に来ていますが、今回初めて歩いて通りました。

「京の冬の旅」の特別公開です。

 

 

 

 

そして「霊屋(おたまや)」へ。

ここは秀吉とねね様をお祀りしている所で、右側には秀吉の木像が、左側には北政所(ねね)様の木像が安置されています。

ねね様の木像の下のには、今もご遺体が安置されているそうです。

 

霊屋の内部は華麗な高台寺蒔絵で彩られていますが、写真はNG

外側から屋根の下に施されている豪華な飾りだけを撮りました。

 

 

 

 

その先にに進むと、これも火災を免れて当時から残る「傘亭」と「時雨亭」があります。

いずれも利休の意匠による茶席と言われ、伏見から移築したものだそうです。

やはり重要文化財に指定されています。

 

傘亭

 

傘亭の内部

 

傘亭の屋根裏は竹が放射状に組まれ、傘のように見えることから名づけられたとか。

 

 

 

時雨亭

時雨亭がこのように開いているのは初めて見ました。

これも「京の冬の旅」の特別公開。

 

時雨亭と言えば、大坂の陣で大阪城が落城した時、北政所(ねね)様が上の階から燃え盛る火を眺めたとか。

 

残念ながら時雨亭は老朽化して上がれないため、近くに展望台が設けられていて、そこから眺める事ができます。

これも「京の冬の旅」特別公開

 

展望台から見る時雨亭と傘亭

 

さて展望台から大阪方面を見ると・・

残念〜〜〜〜木で覆われて一部しか見えません〜

 

でも当時は、時雨亭のある京都東山から、燃え盛る大阪城の炎が見えたそうです。

 

その時、北政所(ねね)様は何を思ったでしょう?

秀吉様と共に歩んだ人生を顧みて、涙されたかも知れませんね。

 

 

 

 

 

そんな事をあれこれ考えながら竹林を抜け、高台寺を後にしました。

 

 

高台寺の特別公開は3月18日までです。

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 2017.04.24 Monday
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Comment
高台寺〜もうすっかり見た気分になりました〜〜〜

雪があるの?!寒そう〜〜〜>_<
  • シネマ大好き娘
  • 2017/02/07 05:03
やっぱり京都は京都府北部の綾部市より積雪は少ないですね!高台寺はご縁があり4回拝観しています。
雪の金閣寺が見事だったのを覚えています。
高台寺、一度訪ねました。通常時だからか書院は入っていないですね。 そうですか、時雨亭から・・、大阪(坂)方向が開けています。燃える大阪城、同感です。
  • Kenny
  • 2017/02/07 08:06
シネマさん。
高台寺を訪れたこの日は雪が降ったあとで、まだ残雪がありました。
暖かい四国では考えられない光景でしょうね。
  • めりい
  • 2017/02/07 09:50
四方さん。
京都では、北と南で降雪量が随分違うでしょうね。
今日も我家がある滋賀県南部では薄っすらと雪が積もっていますが、綾部市ではさぞかし大雪なのでしょう。

雪の金閣寺・・一度見たいと思いながら、ついつい雪の日は外出が億劫になってしまい、いまだ見たことがありません。
  • めりい
  • 2017/02/07 09:58
kennyさん。
高台寺の多くは火災により失われていますが、当時より残るもの、特に時雨亭には高台院の思いが強く残っているように感じます。

記事の文字には書かなかったのですが、秀吉との人生を顧みるとともに、秀頼の遺子・秀頼やその母淀殿への思いはどうであったか・・興味があります。
  • めりい
  • 2017/02/07 10:04
高台寺にも雪が積もったのですね。

ここは、何度行っても見るものが多くて、ついつい写真を撮り過ぎるぐらい写してしまいます。

そして、ねねさんが大阪城落城をここから見たという話がいつも浮かびます。

特別公開は、京都に近かったら、毎回見学したいです。
  • しずか
  • 2017/02/07 11:41
上から4枚目のお写真、真ん中が障子で影になり、その左右に光がさしこんでいる構図、素敵ですね(^^)

ここから大坂城が見えたなんて、よっぽどすごい炎だったということでしょうか。
それとも…昔の人って目がとても良かったって聞きますしそれも関係しているのでしょうか(?▽?)

京の冬の旅、ポスターの人形の写真しか覚えてないですが、高台寺でも開催されてたんですね!
しずかさん。
私も一杯写真を撮りました(^^♪
その中から写真を選び、出来るだけ少なくするように努力してアップしたのですが、やっぱり多くなりました(^^♪

ブログで使える無料の写真の容量が多くなってきたので、ちょっとヤバイくなってきました(^^♪
  • めりい
  • 2017/02/08 13:37
一乃さん。
>昔の人って目がとても良かった
確かに・・・(^^♪

今みたいにパソコンもスマホもないし、目を酷使することもないので、きっと遠くまで見えたのでしょうね(^^♪

(?▽?)←この絵文字、一乃さんが造られたのですか?
コメントの内容にぴったりの絵文字ですね。

すごいわ(◎▽◎)
  • めりい
  • 2017/02/08 14:10
高台寺は一回行きました。でも秀吉が死んでから尼さんになたんですね。秀吉は淀君にうつつをにかして、自分の後継者まで(秀次)までしなせでしまい。ねねは秀頼は秀吉の子ではないとしっていたかも。
高台寺はなにかねねが可哀そうな気分で見てました。
三井寺(私の地元)は 金堂が比叡山の釈迦堂になってしまい。今の金堂は北政所が建てたんですね。すごい人だとおもってました。でも家康がお金だしたんでしょうね。
  • そば打ちおじさん
  • 2017/02/12 14:45
そば打ちおじさん。
いろいろと歴史にお詳しいですね。
秀吉とねねは、その当時大変珍しい恋愛結婚だったそうです。
そして秀吉は数多の側室を置いても、正室のねねを立て、大事にしたとか。
確かに晩年の秀吉は狂気じみていましたが、ねねは最後まで秀吉に寄り添い、死後も冥福を祈り続けたのでしょうね。
  • めりい
  • 2017/02/13 20:03





   

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