乗り放題切符といえばもう1つ。JR西日本一日乗り放題きっぷです。3,000円でJR西日本エリアの普通電車なら、乗り放題です。
平成24年は10月6日から21日まで利用できました。
この切符を手にして行く先は・・兵庫県朝来市
そう、近年「天空の城」として人気を集めている「竹田城址」です。
守山駅を7時過ぎの電車に乗り、京都・福知山を経由し、和田山から播但線に乗りました。
播但線のラッピング電車。可愛い色ですね。
そして11時ちょうどに竹田駅に到着。駅舎の後方に、チラッと石垣が見えています。
はやる気持ちを押さえて、まずは駅構内の観光案内所へ。
ここでいろんな情報を仕入れます。
観光案内所には竹田城のジオラマや赤松氏の系図、お城まつりで使われる甲冑などが展示されていました。
竹田城址に登る人のために、杖が準備されています。親切ですね。
そして、熊よけの鈴も無料で貸し出されるそうです・・・
エ〜〜〜ッ! 熊? 熊が出るの?
この日は平日。けれど何人かの人が前後を歩いています。
鈴も付けているし、熊の心配は無用のようです。
駅近くの踏切を渡り、登山口から出発です。
少し歩くと、城主や家臣団が生活していたとされる屋敷跡がありました。
普段は、麓の屋敷で生活していたのですね。
お城へはこんな山道が続きます。
大きな石をよじ登らなければならない場所もあり、昔の人はこんなに足が長かったのかなと考えてしまいます(笑)
そして竹田城址の石標まで来た時、急に賑やかになりました。車を駐車場に停めて歩いて来た人と、ここで道が合流しているのです。
ハイヒールの人、日傘をさしている人・・まさに観光地という雰囲気。
お===っ、石垣が見えてきました。
大手門!
登山口から大手門まで、45分かかりました。
時計を見ると12時前。
こんなに観光客が多いから、お弁当など売っているのでは?と思っていたのですが、駅前からここまでそれらしきものはなし。
念の為にと思って持参してきた白いおにぎりだけを食べました。さみし・・。でも美味しい(笑)
北千畳
北千畳で軽い昼食を済ませ、いざ竹田城址を見渡すと・・すごい!広い!大きい!
城の規模は南北400m、東西約100mあるそうです。
遠くに天守台が見えます。尾根づたいにつながった最高峰(標高353.7m)にそびえています。
三の丸を超えると、次は二の丸。天守台がだんだん近づいてきます。
そして最高峰の天守台に足を踏み入れました。
ここから見える南千畳が絶景スポットなのです。
眼下に広がる町並み
そもそもこの竹田城は、嘉吉年間(1441-4)守護大名・山名持豊(宗全)の有力家臣・太田垣が築いた城郭です。
以後太田氏が7代にわたって城主となりました。
しかし天正8年(1580)織田信長の命をうけた秀吉の但馬征伐で落城。織豊方の手に渡り、秀吉の弟・羽柴秀長が城代となりました。
そして秀長の属将・桑山重晴に預けられ、天正13年(1585)には赤松広秀が城主となりました。
この最後の城主・赤松広秀が豪壮な石積みの城郭を整備したといわれています。
石積みといえば、穴太積み。
近江(滋賀県)が誇る坂本穴太衆は、いい仕事をしていますね(笑)
ここに正門があったそうです。
南千畳から見る天守台。
そして帰り道に花屋敷にも降りてみました。
ちょっと分かりにくい場所にあるので、さすがに観光客はいなかった・・・
赤松広秀は、関ヶ原の戦いで西軍に与し、細川幽斎の田辺城を攻めたのですが、本戦場の関が原では西軍は敗北。
広秀は寝返って、鳥取城攻めに加わったのですが、この時の大火の責任を問われ、徳川家康から切腹を命じられました。
そして赤松広秀が自刃した後、竹田城は廃城となりました。
戦国の世を生き延びるのは、至難の業ですね。
さて帰り道は竹田駅14時23分発・寺前行きの播但線に乗り、寺前で乗り換えて姫路へ。
そして姫路発16時11分の新快速・野洲行きに乗りました。
これなら姫路始発で確実に座れるし、万が一寝過ごしても野洲止まりなので安心。
案の定、ぐっすり眠ってしまいましたが・・(笑)
往路の守山⇒福知山経由⇒竹田の乗車料金は2,520円。
復路の竹田⇒姫路経由⇒竹田の乗車料金は3,890円。
合計6,410の行程を、乗り放題きっぷを使って3,000円で行ったわけです。
得した気分(^^)v 大満足の日帰り旅行でした。